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先祖調査のなかでの悩みで、先祖の没年月日や享年が違う場合があります。

 

私の例では

例1)

戸籍では天保2年(1831)生まれで明治43年(1910)3月4日に亡くなっておりますが、過去帳では明治43年2月25日享年73才と記載されていました。

戸籍では天保2年~明治43年となる。享年79才

 

明治43年から73才を逆算すると天保9年(1838)になります。

年月はままあることですが、生まれた年がここまで変更されるとずれてきます。

 

そうなってくると子どもの誕生にも影響がでてきます。

因みにこの娘が嘉永4年(1851)生まれになります。

 

天保2年生まれの場合は20才の時の子どもなので問題は無い。

天保9年生まれの場合は13才の時の子どもになるので、問題が発生。

となります。




 

例2)

さてその娘ですが、こちらも戸籍とお墓の情報が違っておりました。

戸籍では嘉永4年(1851)~大正12年(1923)の記載になっていましたが、には没年76才と彫っておりました。

そうなると1847~1923になります。

 

戸籍では嘉永4年(1851)生まれ。

 

過去帳やお墓が正しいとなれば父親は1838年生まれ、娘は1847年生まれになります。

父親が9才の時に生まれたことになります。

 

事実は1つしかありませんが、今となってはその事実を知るよしがありません。

お墓、位牌、過去帳など複数の情報が同じ場合はそちらを採用するほうが合理的ですが、1つしか無い場合は判断しにくいと思います。

 

そこで、戸籍とお墓、位牌、過去帳の享年が違う場合は、その旨を併記しておけばいいのではないでしょうか?

戸籍情報からは●●●●~●●●● になるが、お墓情報からは●●●●~●●●●となる。 などと。

 

この場合の問題点として

子ども生年月日と親の生年月日の整合性が取れなくなる可能性がでてきます。

 

上記の例2の場合でもう一度検証すると。

母親は戸籍では天保8年(1837)生まれになります。

※死亡年は明治37年(1904)

 

つまり、この「ナカ」という母親は1837~1904となります。

つまり、娘のアト1851年生まれとなると14才で生まれたことになりますし、お墓の情報(1847~1923)であれば10才で生まれたことになります。

まず、ありえません。

 

ということは①戸籍の情報がおかしい ②母親は実母ではなく継母の可能性もある となります。

 

このような事も事実として併記しておけばいいと思います、どうしても断定したい気持ちになりますが、断定出来ない事実は事実として記載しておくことも必要だと思います。

 

そこから、また、なぜそのようなことになったのか?の目線で調査が出来ますし、先祖調査の幅も広がります。

 

例えば

実母は実は位牌の中に関係の無いと思われていた女性のものがあり、年代的にぴったりだったとか、お墓があるが戒名から女性の墓だとは判明できるが誰なのかが分らないものだったりとか。

目線が変るだけで、一気に広がりも出てきます、ひとつひとつを確認していくことが、また醍醐味でもあり、ライフワークでもあります。

事実は事実として記載して、今後の調査研究のテーマとしてライフワークで取り組む、または、後世の子孫に託すのも良いかもしれません。

 

【まとめ】

●戸籍に記載されている生没年と位牌、お墓、過去帳に記載されている生没年が違う場合がある。

●その場合は両方併記しておき、断定しないようにする。

●視点を変えて、家の位牌やお墓の中に不明の女性がいないか?など多面的に調査をしていくと新発見があるかもしれない。