stokpic / Pixabay

 

スポンサーリンク

朗報です!!

前回県外に伺い、少しでも同姓の調査を行おうと思ったご自宅でとりつく島の無い状態でした。

【悲報】先祖探しでの出来事・・・

しかし、その晩に手紙を出していたお寺様からメールが届いており、分かる範囲内でのご先祖様の戒名や俗名、続柄、行年などを書き出して頂きました。

 

もう、驚きと感動でとても嬉しかったです!!

具体的には、数週間前にお手紙を出してメールでのやりとりをしておりました。

手紙は先祖の資料として自分が調査して判明をしている先祖をエクセルにデータ入力したものを添付しておりました。

不明な部分を色塗りしてからこの部分が分からないためお願い出来ないかという感じで依頼をしました。

 

お寺様もお忙しいのでしばらく時間はかかると思っておりましたが、1週間前後で返信されて、ご尽力して頂いたことに感謝の言葉もありませんでした。

 

お寺様にお願いしたのは3家です。

1つ目は私の父の父の母の父の実家

2つ目は私の父の父の母の父の養子先

3つ目は以前別のお寺に手紙を出して当寺では無いとのこと宗派が違いますが念のためにお願い。

 

1つ目関しては明治以降戦前までの子孫に関しての空白部分を丁寧に調査して頂き埋めて頂きました。

現在この家はこの付近におらず連絡先も分かっていません。

そのような中で丁寧に調査して頂いたのは有り難いことです。

 

このお墓になります。

子孫がお墓の管理をしてはいなくて何故か近隣の方がして頂いております。

ひとあしお先に墓参りをしてきました!!

 

2つ目に関しては、俗名が続柄まで判明して歓喜しました!!

この家は既に断絶しており、下っていくことが出来ません、しかしお墓だけは現在この墓の近隣の方が草刈りをして頂いております。

このお墓はとても気になっておりました。

中央の舟形のお墓はその形態から古く実際に寛政六年=1794でした。

地方の寒村ですがそのような田舎でもこのような立派なお墓があることに昔から不思議な思いを抱いておりましたが、断絶している為にどうすることも出来ないまま10年以上経過しておりました。

 

しかし、この度お寺様からの連絡で続柄が判明、またこのお墓群の戒名が私の判読したものと違っており正しい戒名を教えて頂きました。

 

3つめに関しましてはそもそも宗派が違うので本来であれば難しく不躾なお願いでしたが、一縷の望みをかけてお願いをしました。

手紙を書き返信が来ました。NO3

このお墓になります。

 

また、この1週間で1つ目と2つ目の家に関して、戒名が続柄から色々な仮説を立てて推定家系図を作成しております。

しかし、なかなか苦戦しております。

 

まずは、●●父とあるのですが当人が見当たらずです。

基本的には過去帳は続柄記載になりますので、当人の名前は当主が亡くなった場合に記載されます。

その為、年老いたら隠居して当人も●●父になります。

ということでそれに近い方がいるか確認しておりますが、現在のところ該当する方がいない状況になっています。

 

しかも、お墓すらないという状況です。

※まあお墓があれば戒名からわかるのですが・・・・

 

それでも、今あるデータの中で整合性があるようにするにはどうすれば良いかを試行錯誤しながら実行しております。

 

自分で悩んでもなかなか視野も広く無い為、先祖探し仲間の方にも相談させて頂き色々な視点で作成中です。

 

やはり、仲間がいるとこれほど心強いことはありません!!!

様々な意見のなかで気付く部分も多く助かっております。

 

今回とても素晴らしいお寺様のご協力のもと、過去帳の抜き出しをして頂きました。

いち早くお礼の為にお寺に行き感謝の気持ちを直接お伝えしたいです!!

 

また、色んな視点で推測家系図の協力をして頂いている仲間にも感謝です。

 

もうしばらく推敲しながら推定家系図の復元を行って行きたいと思います。

 

まとめ

①今回は非常に素晴らしいお寺様のお陰で調査が進展しましたが、ある程度の資料を作成することは必要です。

②現地調査はとても重要でしっかりと調べたものを資料作成しましょう。

③仲間がいれば自分の狭い視野だけでなく、広い視野での見方もあり勉強になります。

 


参考になりましたら、ポチっとお願いします。 にほんブログ村 歴史ブログ 歴史情報へ にほんブログ村