城データ
城名:日野山城
別名:火の山城,日野山城
標高:705m
比高:300m
築城年:天文15年(1546)
城主:吉川氏
場所:広島県山県郡北広島町新庄(日野山、火野山)
北緯:東経:34.735273/132.486978
攻城記
麓の常仙寺跡(吉川興経墓所)
日山(ひのやま)城跡
日山城は吉川興経のあとを継いで毛利氏から入った元春が、1550年に新庄小倉山城から入城して、それまであった山城をより本格的な城塞として整備した。
1591年に孫の広家が、出雲月山富田城に居を移すまで吉川氏の本城として用いられた山城である。
城は周辺一帯を見渡すことができる標高705m、比高300mの山頂に造られている。
山頂の郭群は、「本丸」を中心に「二の丸」「池の丸」「姫路丸」「馬の段」など数十段の郭を東西約700mの範囲に連ねている。
なお居館(吉川元春館跡)は城の西南麓約3kmの海応寺にあり、途中には吉川元長の菩提寺(万徳院跡)が残っている。
範囲数kmに及ぶ極めて大規模な日山城内には、庭・寺院跡などがあり、それまでの実戦的な中世山城とは様相を異にし、館的な役割も果たしていたと考えられる。
昭和61年8月28日史跡指定
北広島町教育委員会
城域の石垣。
余湖図【日山城】
当時のイメージ図(余湖図コレクションより引用)
『芸藩通志』【火山古城】
城の概要
城の遺構は,山頂の中枢郭群,中城を中心とする東側郭群,南山腹浄必寺郭群等からなる。
郭の縁辺部には石垣・石塁が多用されている。
城内には,庭・寺跡等が見られ,居城としての機能が認められる。
毛利元就次男の元春が,吉川氏の家督を相続して1550(天文19)年2月に入城する。
それ以前にも何らかの施設をもった城として機能していたようだが元が本格的な城塞として整備した。
普請には森脇氏・井上氏等有力家臣が当たった。
元春,その長男元長の死後,三男広家が家督を継ぎ,1591(天正19)年に豊臣秀吉の命令によって出雲国富田月山城に居城を移すまで,吉川氏の本城であった。
『広島県中世城館遺跡総合調査報告書』より引用
【城 史】
隠居の祖父吉川国経の死に伴い権力を一元化した興経 が、出雲国の大名尼子氏方の旗幟を鮮明にし、周防・長 門両国の大名大内氏方の毛利氏と対決するため、天文十 四年(一五四五)頃火野山に築城して本拠とした。
日山築城以前の吉川氏の山県表侵攻の拠点は与谷城(現在の北広島町寺原)であったが、天文九〜十年(一五四〇〜 四一)のいわゆる郡山合戦の戦後処理の一環として与谷城は大内氏・毛利氏に接収されてしまった。
興経にとっ て、山県表に侵攻する新たな拠点が必要であったのである。
しかし、こうした興経の政策に反対する吉川経世(興経の叔父)らは与谷城に移り、毛利元就・成室妙玖夫妻 の次男元春を擁立し、家中は分裂した。
結局、興経は隠 居し、元春が興経の養子として家督を相続する。
元春は、天文十九年(一五五〇)正月に入城すると、 興経とその与党勢力を粛清した。
また、程なく成室寺 (浄必寺)を建立して家臣団の結束を図った。
尼子氏滅亡後の永禄十〜十一年(一五六七〜六八)には、日山城 の大改修工事を行い、「毛利両川」の地位に見合うように整備した。
元春、その長男元長の相次ぐ死後、家督を継承した広家(元春三男、初名は経言)は、天正十六年(一五八八)から成容を整える工事を行ったが、同十九年(一五九一)三月に豊臣秀吉から出雲国富田城(現在の島根県安来市)への移城を命じられ、程なく移住する。
これにより、日山城は本拠城としての機能を終えたものと思われる。
『安芸の城館』より一部引用。
城の歴史
天文14年(1545):このころ、吉川興経が小倉山城から火野山に築城して本拠とした。
天文16年(1547):興経が隠居させられて従兄弟の毛利元春が興経の養子となり家督相続をする。
天文19年(1550):吉川元春が正月に入城する。 興経は安芸国の深川に幽閉される(9月に粛清)
永禄10~11年(1567~68)城 の大改修工事を行う。
天正16年(1588):家督相続した吉川広家が改修を行う。
天正19年(1591):豊臣秀吉の命令で出雲国の富田城に移城を命じられる。
『安芸の城館』より引用。
城主家系図
所感
●比高が高く、この場所で生活していたと考えるとかなり大変だったと思われる。
●行った時には整備もされておらず藪化でよく分からなかった、きちっと整備すればいい地元の史跡となりうる。
●山頂からの眺望はきかないので、木を伐採して(特に山県表方面)当時の見た景色を確認したい。
●地元の方の話では往時は麓から城まで大八車が通れる位広い道があったらしい。
●冬は寒さも厳しく雪も多く降る地方なので、山頂でどのように過ごしたのか気になる。
関連URL
歴代吉川氏の居城。
参考URL
参考文献
『日本城郭大系』13
『広島県中世城館遺跡総合調査報告書』
『広島県の地名』
『広島県地名大辞典』
『安芸の城館』
『広島の中世城館を歩く』
『萩藩諸家系譜』
『毛利八箇国御時代分限帳』
『萩藩閥閲録』
公開日2022/02/11