はじめに

旧土地台帳とは明治20年代前半から昭和30年代頃まで税金の徴収を目的として作成された台帳になります。

先祖探しの1つのツールです。

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旧土地台帳の調査

旧土地台帳から得られる情報

 

一般的には先祖の住んでいた場所の小字や先祖が持っていた土地の所有面積、さらにはその地域で一番の土地持ちが判明します。

 

戸籍よりも遡ることは難しいのが一般的ですが、戦災などで戸籍が焼失している場合などは1~2世代遡れる可能性はあります。

 

しかし、どちらかというと、明治時代の先祖が住んでいた土地の情報に特化した調査となります。

 

先祖探しのセオリーとして

①戸籍謄本の入手

②位牌、お墓、過去帳からの情報

③縁戚へのアプローチ

などがあります

 

そこで分かる情報は先祖の名前や屋号、続柄であり運が良ければ享年から生没年が判明する位です。

 

ここまで実施するのも長い時間をかけてライフワークとしてやっていくと思いますが、いつか終わりがきます、しかし、究極の先祖探しとはその1人1人欠けては存在しない尊い先祖やその家の生きた証や存在したことを記すことです。

 

戸籍で先祖の名前判明して終わりじゃつまらない

1:戒名 法名

2:写真

3:書籍に記載がないか

※デジコレや市町村史

4:卒業証書 借用証書など証書類

5:旧土地台帳から所有地

6:神社の玉垣

7:会社をしてたなら登記簿

 

これらは伝承ではなく形として残っているものになります、戸籍以上の調査で1人1人または家ごとの歴史を深堀していくことが、名前の発見以上に価値のあることになってきます。

 

そこで話を旧土地台帳に戻します

 

直系尊属の家全てを調べる

戸籍も自分の苗字だけ入手される方もいれば、取得できる戸籍に関して全て入手する方もいます。

 

旧土地台帳に関しても直系尊属全てを入手すれば家ごとの特徴なども見えてくるかもしれません。

 

ただし、法務局の中には番地を記してそこの冊子しか渡してもらえないケースもあると聞きます、逆に、村ごと全てを親切に出してくれるところもあります、こればかりが運によるところが大きいです。

 

また、同じ法務局でもそこの担当者で大きく変わってくることもあります、私も今回行った法務局(父方)は難しいところでした、この法務局は過去に何回も行っていますが、担当者の雰囲気が大きく変わっていた事に驚きました。

 

それでも父方、母方の戸籍で判明する苗字の旧土地台帳を全てコピーをしてエクセルにてデータベース化を実施しました。

 

父方の旧土地台帳で11冊

母方の旧土地台帳で14冊

厚さを比べても2倍の差がありました。

 

理由は

①母方のほうが養子の家が多くあり、実家、養家ともに入手

②戸籍では判明できない家の場合その村の同姓で関係ありそうなものは全てコピーを実施

③母方のほうで一部多くの土地を持っていた家があった

などになります

 

データベース化

せっかく入手した旧土地台帳ですのでベータベース化します

地目でどのくらいの田や畑を持っていたか判明できます。

 

土地は持っていても原野を沢山持っている場合もあります。

 

合計が分かるのでどのくらいの土地を持っており、その土地がどのくらいの価値があるか、そこからの地租は何円かが概算で分かります。

 

ただし、旧土地台帳には2種類あり、昭和時代の台帳では地租がないバージョンも存在します。

全ての項目を埋める事は難しいですが出来る範囲でも記入することで事実を積み上げていきます。

 

このような詳細をデータベース化は家系図を専門とする業者ではしないと思いますのでオリジナルの先祖探しとなるでしょう。

 

この地道な作業を全ての家ごとで実施します

 

そうすると以下のようなものができます

 

1軒作成するにも多くの時間がかかりますがそれを全ての先祖で実施するとなると更に時間がかかります、しかし、それをするだけの価値はあります。

 

家ごとに所有している土地が分かる

原則は先祖で旧土地台帳の一番最初に記載されている人物が持っていた土地になります

※昭和時代の旧土地台帳があればそれも一番最初に記載されている先祖

 

10反以上持っている家もあれば数反ばかりの僅かな土地しか持っていない家もあります。

 

そこでその家を細かく検証していくと、先祖代々その土地に住んでおり、尚且つ今でもその土地に子孫がいる家は比較的多くの土地を持っていました。

 

逆に少ない場合は、今では子孫がその土地にいない、または絶えた家が多いと感じます、明治20年代に最初の記載が始まりましたがその当時すでに土地が少なく村での自立が難しいため、他所に行った、又は子孫がいないため、親族に早くに土地を贈与していたというケースも推測できます。

 

また、江戸時代末期に別の村からきた当主であったが、宮大工をしていたという話も伝わっており、土地はあまりもっていなかったが、職人としての収入があったとする推測もありました。

 

酒で身上を潰した伝説

自分の直系先祖の家が全て立派な先祖がいるとは限りません、特に江戸時代から大変革期である明治時代には旧体制からのアップデートができずに酒に逃げた先祖もいます。

私の先祖の家でもそのような家が数軒あります。

 

本当にそうなのか確認してみると、、明治末期にその土地を売った事が判明

戸籍も確認して隣村にいったことが判明して伝承と一致しました。

 

 

当然酒以外で単にに別の場所に移動した場合もあるでしょう

 

没落したが子孫が土地を買い戻したケース

伝承ではそのような話を聞きませんでしたが、旧土地台帳を確認して初めて発見することもあります

 

小谷藤蔵の後は妻のシズに所有権が移っています、その後多くの人の手に渡り最終的に小谷益夫の手に戻ってきています

 

では、藤蔵の子供が益夫かというと違います。

益夫は孫になります。

 

つまり、藤蔵の子供に時代(明治38年から昭和17年)の約50年間、この小谷家はこの村に土地を持っていませんでした。

 

このような記載のある旧土地台帳が沢山ありましたので、孫の代に買い戻したことが分かります。

農地改革で土地を失った又は取得したケース

昭和21年から25年頃にGHQの農地改革で土地を失った又は取得したケースもあります。

 

その場合記載はA家から農林省が「買収」してB家が「売渡」されています

 

 

自分の先祖の家がA家なのかB家なのかで変わってきますが、当家は●●まで自分の土地で歩いて行けたという伝承があればそれは本当に真実なのかを確かめる手段になります。

 

その代わりその伝承が本当であれば膨大な旧土地台帳のコピーになります。

 

逆に、当家は小作だったという伝承があれば、上記の旧土地台帳でその事実を確認することも可能です。

 

家に栄枯盛衰はつきもの、先祖に対して自慢するわけでも無く、卑下するわけでもなく、淡々と事実の確認をしていく、そして自分はそこから何を教訓として得られるかが重要になってきます。

 

明治時代に移動したケース

明治時代でもA村からB村へ移動するケースがあります。

その場合、明治19年戸籍では番地が不明でも旧土地台帳から「地目」が「宅地」を発見できればどの辺に住んでいたか判明することも可能です。

 

そして、その場所に実際に行くことで、先祖がどのような環境で生きていたかを肌で感じることも出来ます。

 

近隣の方に話を聞くことで、●●家の伝承が分かるかもしれません、運が良ければ明治時代に亡くなった先祖の墓が見つかる可能性もあります。

 

現在住んでいる村の●●家に訪ねてもすでに100年以上経過しており、引っ越す前の事など伝承でも残っていない事が大半だと思いますが、現地ではいまでもそこに住んでいる方がいます。

 

そこにはお寺や神社もありますし、少しでも先祖の傍証を確認できることが出来るかもしれません、わずかな可能性ですが、このような可能性を1つ1つ潰していくことこそ先祖探しの醍醐味と言えます。

 

しかし、その移動元の村に土地所有をした形跡がない場合も散見されます、理由は不明ですが、村の場合小作でも宅地はあると思います、

 

また、引っ越した場所が「宅地」ではないこともあり、不思議なケースも散見されます。

 

それはそれで、「手を尽くしたが判明しなかった」ということが判明します。

 

明治42年にA村からB村に転籍したことが戸籍から分かる。

この場合元の村の旧土地台帳を確認すれば判明するはずだが元の村に戸主の土地が無かった。

 

 

770番地に移動したことが戸籍から分かる

 

しかし、該当の村の770番地を確認しても戸主の名前が出てこない、また地目も「田」であった。

 

冊子が大量にある場合の注意点

小さな村でも4~5冊、大きな村では20冊以上の旧土地台帳になります。

 

その中で自分の先祖の家を探す場合

①明治31年以降では番地の記載があるので、その前後200番地位にある可能性が多い。

 

②しかし全然違う番地に土地を持っていることがあるがその場合は川向こうに田畑があるというケース

 

3000番台と6000番台と全く違うところに土地を持っている事が分かる

 

実は川を挟んで土地を持っていたというケース

このようなケースがあるので村全てを確認する必要がある。

 

こんな分厚い冊子が20冊以上あると大変ですが、そこから発見した時は嬉しさのあまりガッツポーズをします。

 

旧土地台帳を漏れなく確認するには

20冊以上ある旧土地台帳を漏れなく確認し尚且つスムーズに発見するには、指サックなどが欠かせません。

台帳は指ではめくりにくい素材です、流れ作業のような閲覧をするには指サックを用意しましょう。

 

また、一筆だけ土地を持つということは村では無いです(私の経験では)最低でも4~5筆はあります。

該当の先祖の所有者を発見したら、その前後は慎重に漏れなく確認をする必要があります。

 

長時間確認すると目も疲れますので時折休憩、必要であれば目薬を差しながら、閲覧しましょう。

 

 

旧土地台帳には「耕地の部」と「山林の部」がある

あまり知られていない事ですが、旧土地台帳には「耕地の部」と「山林の部」があります。

 

イメージでは

「耕地の部」に田、畑、宅地、原野、墳墓、溜池

「山林の部」に山林 草山、薪炭山

となり、「耕地の部」に目が行きがちですが、「山林の部」の番地が本籍になっている場合があります

 

理由は単純で明治時代にはそこは山林であったが、昭和になる頃には開墾されて家が建ちそこが戸籍の本籍地になったという場合です

 

本籍地は戸籍で判明しているが旧土地台帳では発見できないという場合には「山林の部」の確認漏れがないかも確認する必要があります。

 

本籍は112番地の2 「耕地の部」の112番地では全く別人の土地であったが「山林の部」の112番地の2を確認する先祖の名前で記載されていた。

 

昭和8年に2月1日の記載あるが先祖は昭和8年11月に婚姻しているので婚姻し分家した頃にこの場所に家を建てて本籍としたことが分かる。

 

小字=苗字のケース

小字が苗字のケースも旧土地台帳を確認すると思いのほか出てきます。

私の先祖でも1軒だけそのような事例がありました。

 

小字が岩本で苗字が岩本

 

多くの旧土地台帳を確認したイメージですが、明治新姓は殆どなかったというのが最近の見解になっていますが、稀有な事例でもなく、1つの村を確認していくと数軒から10数軒位はあるという印象です。

 

土地によっても違うとは思いますが、1つの事例として興味深いです。

 

小字=屋号のケース

小字が苗字のケースがあれば当然屋号のケースもあるかもしれません。

明治以降は苗字になりましたが、それ江戸時代では小字を屋号にしている可能性も視野に入れるべきです

 

私の事例では先祖の家の「花屋」という屋号の家がありました。

その家の現在の屋号は「先問屋」でしたが、よくよく話を聞くと江戸時代に火事で家が焼けて川向こうの現在地に居を構えて屋号も「先問屋」にしたそうです。

 

そして、家事になる前は「花屋」という屋号でした。

なぜ「花屋」が判明したかというと、その家の位牌から1700年代の戒名は判明。

 

菩提寺の過去帳から屋号が「花屋」と判明。

 

旧土地台帳を確認すると「花屋」という小字を発見。

 

OH3(open-hinata3)から引用作図

航空写真

小字が「花屋」にある先祖の墓

 

ただし、現在はこの土地は別の家の土地となっております。

江戸時代のどこかのタイミングで他家のものになったのだと思います。

 

上記の事例のように、先祖の家の屋号が「小字由来」だったというケースもありますので事例として載せておきます。

 

墓所が他人の土地だった

今回の調査で新発見したことがあります。

墓所で当家が代々祀っていた墓所の旧所有者が判明しました

 

2489番地にある墳墓

瀬尾氏から明治24年に佐々木氏が購入している

OH3(open-hinata3)から引用作図

2489番地にある墓

 

実はこの墓は佐々木の墓ではないことは判明していました

写真の一番左の墓が私の5代前の先祖になります、また手前の地蔵が彫っているのも当家の子供の墓

しかし、それ以外は佐々木家の墓ではありません。

 

伝承では5代前は別の土地から来てこの村に土着、この家の村娘と結婚したのか不明であるが、代々この墓守をしていました

 

詳細はこちら

35年かかって判明した先祖 【5つの段階!!】

 

この地方の風習として家(土地)を譲り受けたらその場所にある墓所も責任を持って墓守をしています。

 

その一環として佐々木家が墓守をするのは特に違和感がありませんが、瀬尾氏から購入をしたということは聞いていませんでした。

 

私の先祖ではないかもしれませんが幼少の頃からこの墓にも盆正月には線香を立てて、水をかけて、手を合わせていました。

 

瀬尾家の先祖の可能性があるという事が判明したことでまた1つ不明だったことが判明。

 

先祖探しとはこのような、1つ1つは小さなことの積み重ねであることを改めて実感させられる事例の1つでした。

 

相続者の確認

「事故」と「所有者」も確認をするべきです。

一般的には「所有者」は息子である家督相続者が「相続」することで変わりますが、その相続者が息子でない場合は何か原因があるかもしれません。

 

この佐々木氏ですが、最初の佐々木と2番目の佐々木の関係は祖父と孫になります。

 

息子が所有している土地を台帳で確認しましたが14枚中1枚しかありませんでした。

※しかも最初の人物が息子であり、相続した土地ではない。

 

14枚中13枚は祖父から孫へ相続されています。

 

他者へ土地が渡っていないことから、没落した訳でもありません。

 

今となっては確認しようがありませんが、当時何があったか推測するのもいいでしょう。

 

小字もデータベース化する

旧土地台帳を村丸ごと閲覧するのであれば、小字のデータベース化も一緒にしてみてはどうでしょうか?

 

確かに先祖探しとは一見関係ないことですが、いろんな小字を確認することで見識も広がります。

 

●「耕地の部」と「山林の部」で小字に特徴がある。

●村によっては小さな番地で細かく小字が分かれている、逆に小字が少ない村もある

●珍しい小字やそれが元になったと思われる苗字がある

●村が全然違うがかなりの確率で出てくる小字「宮迫」「●●屋敷」「●●河内」

 

小字から何かヒントが出てくるかもしれません、その時にデータベース化しておけば、検索も楽になります。

 

まとめ

●先祖探しとは先祖の名前だけを発見するにあらず

 

●先祖の土地所有からその家の経済状態や栄枯盛衰も分かる

 

●所有者の変遷や「事故」からどのように移ったかも判明する

 

●視点を変えることで新たな発見ができることもある

 

公開日2026/03/14

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