Foto-Rabe / Pixabay

 

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よく先祖探しの本をみると、先祖は皇族の子孫?というものがありますが、恐らくその可能性は高いです。

ただし、よほどの事が無い限り証明はできません。

両親は2人 祖父母は4人 曾祖父母は8人と倍々で増えていきます。

30代前では日本の人口を超えて何億人にもなります。

1世代30年×30代=900年 平安時代の頃です。

因みに平安時代の人口は不明ですが1000万人以下と考えると、いかに自分の先祖は共通の先祖が多いことか分ります。

 

平安時代から900年の間には飢饉、疫病、災害、戦災などが多く発生してきます。

そうなってくると、生き残るのは暮らしのいい支配者階級で、食べるものに事欠く庶民は断絶していきます。

断絶した家や土地は余りましたので、生き残った支配者階級の分家やそのまた分家がそこに根を下ろします。

 

しかし、時代が下ると、その分家や分家も庶民になり、食べるものに事欠くことになります。

また、支配者階級も戦に負けて逃げて生き残る、帰農することも多いです。

 

私の考えでは、支配者階級(皇族の子孫で日本全国の地方に根を下ろした者)が長い年月をかけて日本全国に子孫が広がっていったと思っています。

DNAで考えれば何千万分の1、何億分の1は可能性があるのではないでしょうか?

※それでも可能性が0ではありません。

 

自家と限定すると、その可能性はぐっと小さくなります。

また、これだけの年月を養子無しで続かせることも困難です、古い家系図を確認すれば、養子がいかに多いかが分ります。

大名家、公家、武家でも「血統」として続いている家は皆無ではないでしょうか?

天皇家以外は皆、「系統」として家名を続けさせています。

 

ただ、それを証明することはできませんので、「我が家は皇族の子孫だ」と断定をしないほうが無難です。

「我が家にも皇族の子孫の系統が引き継がれている可能性があるかも」位だと思います。

 

庶民の家では1600年代迄の先祖が判明出来ればかなり遡った事になります、それ以上遡るには由来書や古文書、家系図のある家になります。

また、家系図もよくよく確認すると、おかしな事があります、100年間の間に2代しかいない、逆に6代いる など

ということは家系図自身の信憑性も疑う必要が出て来ます。

※実際にはこのような事を発見できることも、先祖調査の醍醐味です。

 

このように、皆皇族の子孫の可能性があるが、ただ証明出来ないことだと思います。

 

まとめ

①両親、祖父母と倍々でいくと900年前には1億人を優に越える。

②当時の人口は1000万人以下なので先祖の殆どは被っていた。

③長い年月では飢饉、疫病、災害、戦災もあり庶民が真っ先に犠牲になった。

④そこに長い年月をかけて有力者(皇族の子孫)が根を張り人口を増やしていった。

⑤ということで、自分達のDNAにも何千万分の1は皇族のDNAがあるかもしれない。

⑥ただし、証明は出来ないので断定的な言い方は出来ない。

 


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