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明治19年戸籍の番屋敷表記と明治31年以降の番地表記はまったく違います!!

明治19年の表記は番地、番屋敷、番邸、番戸などの表記がされています。

※県によって表記が違います。

 

そして、次の明治31年戸籍になると全国共通で番地に改めます、この期間に国家として全国の番地が決まったのだと思われます。

※旧土地台帳も明治22年頃以降からの表記になっています。

明治19年戸籍の番地表記を鵜呑みにすると、まず、全く違う場所になりますので注意が必要です。

(例)

14番屋敷→413番地

115番屋敷→1480番地

80番屋敷→1062番地

などです。

 

桁が2つ違うような感じです。

恐らく、番屋敷はある基準から家ごとにナンバリングをしたもので、番地は田畑全てを会わせたものだからだと思われます。

イメージ図を作成しました。

番屋敷 番地図




 

添付のように全く違う感じになります。

番屋敷の場合はなにか基準となる家を1番屋敷にして、そこからナンバリングしているのだと思います。

 

数字の小さいのは中心地だったのかもしれませんし、単純に端っこから番号をナンバリングしたのかもしれません。

当時の戸籍係が明治19年戸籍の番地を明治31年戸籍の時にどう番地にしたのかは不明ですが、結果的にはこの時にナンバリングされたものが現在でも生きています。

明治19年戸籍では1番屋敷であったものが大正4年では18番地になっている。

この1番屋敷ですが、村の一番端っこの家でした。

 

因みに明治31年戸籍以降で番地から番地で変わっている場合は、分家をした、引っ越したという判断になります。

同じ村でも引っ越すことは往々にあります、ず~っとこの場所にいたという固定観念は無くしましょう。

 

先祖探しで自分の先祖が傍系の戸籍に戸主の父や母で記載されている場合があります。

※先祖が戸主の妹などで兄の戸籍から嫁いだ場合など。

 

明治19年戸籍の場合は●●村戸主●●太郎妹という表記になります。

明治19年戸籍に番屋敷表示がなく、戸籍が取得探せませんと言われた場合。

この場合は、旧土地台帳を全て確認して「地目」が宅地の場所の番地を探してから請求してみましょう。

 

戸籍があるという事になれば、その方と自分の関係を証明できる戸籍を準備してから役場に行けば発行してくれると思います。

ただし、明治19年戸籍には番屋敷表示をする義務がありませんでしたので、それを建前に端から断られる役場の場合は残念です。

その場合は交渉する価値はありそうです。

役場の戸籍係の方も万能ではありません

日本には色んな役場があります、断るのを前提で話をする役場もあれば、親身になって探し当て結果的に戸籍が発見されて送られてくるところもあります、仮に無かった場合でもその旨を丁寧に記載して返信される役場もあります。

 

【まとめ】

●明治19年戸籍の番屋敷と明治31年以降の番地は全くちがうもの。

●番屋敷のナンバリングは中心から遠方にナンバリングしたのか、ある地点から順番にナンバリングしたのかは不明。

●明治19年戸籍以降に先祖が記載(戸主の母など)された場合は正しい番地が分かれば、役場で古い戸籍を探して貰える可能性が高い。

●正しい番地の調べ方は、旧土地台帳で地目が「宅地」のところを探していく。

公開日2019/6/7

最終更新日2020/7/4