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○迫田家

私の高祖父である坂本徳三郎の実家です(養子で迫田家にきた)

現在の水田にありました(今はいない)坂本家と500Mくらいの距離です。

大学時代に戸籍で安田という場所にいたことは判明していましたが、実際に電話帳で調べてみても安田には迫田はありませんでした。

その代わりに、隣村に一軒ありましたが、まあ関係ないものだと思い、そのままにしていました。

2004年に手紙を書いたらなんと安田の迫田さんが直系卑属ではありませんか!

ということで、家に伺うことになりました。

当主の方は20年前に亡くなっていましたが、その奥さんがまたご健在で、いろいろなことを教えてくれました。

また、位牌も確認してノートに記載して帰りましたが、まだデジカメで撮るという認識がなく、撮らなかったのが悔いが残るところです。

「昔は分限者だったが、先祖の人が大酒のみで、財産を全部酒でつぶして土地がなくなったので、隣の隣村に引っ越したのだ」とか「位牌はたくさんありますよ」といって見せていただきましたし、

墓の場所も一緒に行って確認しました。(墓は昔住んでいた家の裏にありました。)

その墓や位牌はかなり多くて、1750年代まで遡れました。(戒名と没年のみ)

学んだこと

坂本徳三郎の戸籍に一行、迫田浪右衛門二男入籍スと記載されていただけです。

大学時代にはそこまで興味もなく、実際に電話帳でしらべても安田にしかいなかったのでもう諦めていました。

しかし、2004年になってにわかに情熱が湧き、調べた結果がこのようないい結果を得たことにより、

「諦めてはいけない!もうどうしようもわからない!というところまでは調べ尽くそう」と思いました。

(結構いろいろと手はありますし、それは情熱しだいです)

 また、奇遇なことに、話を教えてくれたここの奥さんが私の祖母と老人施設の友達だったということが、大きな鍵になりました。

手紙を書いたら電話があって「本家か分家か?」そして「ああ、あのおばあさんなら知っているよ、その孫かいね」となって、信頼されてお宅に伺うことができました。

やはり、単独よりはるかに信頼されやすいです。

後日談

この迫田家、本家は村に残りましたが、分家は戦前に九州に転居しました、何か手がかりが無いかを調べましたが、SNSで子孫ではないのか?という方がおられたので、連絡をさせて頂きました、結果的には何も分らないとのことでしたが、10年前に先祖探しでSNSを使用するという事を発想していませんでした。

先祖探しという昔の事を調べることでも、最新の技術を駆使して調査することに、興味深さを感じました。


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