城データ

城名:新宮山城

別名:無し

標高:190m

比高:10m

築城年:不明

城主:新宮左衛門、新宮甲斐守

場所:広島県三次市志幸町

北緯:東経:34.769342/132.924481

新宮山城はここ

攻城記

新宮山城全景。

三次から吉舎に行く道に標識あり。

前方の小山が城跡。

新宮城跡

山城というより館として構築されたと思われます。城主は新宮左衛門・新宮甲斐守といわれています。

尼子氏と大内・毛利氏が激しい戦いを繰り返していた戦国時代、特に両勢力の激突地である三次盆地は、熾烈な状況におかれていました。
常に両氏の動向に目を向けながら去就の定まらない日々であったでしょう。

天文22年(1553)4月に新宮氏の属する旗返山城(三次市三若町)主の江田隆連は、尼子氏に味方する甲山城(庄原市本郷町)の山内氏の誘いで、毛利氏を裏切って兵を挙げました。

 

知らせを受けた毛利元就は、早くも3日後には江田氏と同族の和智氏を押さえるために、両氏の境である三良坂町寄国に進軍し、江田軍を撃破しています。

その後、毛利軍は口和町でも尼子軍と戦っていますが、本格的な合戦となったのは、7月の高杉城での戦いで約600人の兵を討ち取るという激しい仕打ちでした。

 

当然、この新宮城にも毛利軍が押し寄せてきたと思われますが、戦いの詳しい様子は不明です。

 

この戦いで討ち取った兵士の鼻・首・耳を葬った塚で、水田に残るのは鼻塚と伝えられています。

また、城主の新宮甲斐守は落城後、三良坂町長田まで逃れ、そこで自殺したと伝えられています。

三次市

三次市教育委員会

 

鼻塚。

思ったよりも小山であり比高もある。

本丸からみた東帯郭

本丸土塁。

本丸南の帯郭

本丸。

 

open-hinataより【新宮山城】

 

余湖図【新宮山城】

当時のイメージ図(余湖図コレクションより引用)

 

『芸藩通志』【新宮山城】

拡大図。

城の概要

基本的に単郭の城跡である。郭の規模は46m×25mで、背後(南側)に土塁を置いている。

南・東下には幅5~6mの小郭がある。

城主は新宮氏と伝えられる

 

『広島県中世城館遺跡総合調査報告書』より引用

城の歴史

築城時期不明であるが、鎌倉時代まで遡るかもしれない(後述)

 

天文22年(1553)7月:高杉城が毛利元就の猛攻により落城、高杉城の支城である新宮山城もこの時同じように落城したと思われる

 

 

新宮山城の築城時期

『三次市史』に以下の記載があり興味深いため記載する。

 

(略)なお、彼女が与三入道と会ってみると、二人は偶然にも前からの知り合いの仲であった。 かつて鎌倉で、飯沼の左衛門のとこで開いた連歌の席にいた者なのである。

 

そうした話しまで出て、殊さらおどろき合って、 道は井田という所へ帰って行ったのであった。

 

雪がひどく降って、、竹の簀(す)垣というものをしているこのあたりの様子も、見慣れぬ心地がして、こう詠んだことであった。

 

世を厭う  ならいながらも  竹簧垣憂き節々は冬ぞかなしき 

 

(こうした竹簀垣に雪をさける冬ごもりは、世を厭う出家の身その竹簀垣のの節々のように、つらい節々にあうこの常とはいえ、との多い身には、冬はとりわけ悲しいことです)

 

なお、右の文で与三入道がか「井田」という所へ「帰る」とあるが、の解釈本の中には、井田は「江田」 の記述間違いであるとしたものもあるが、二条と与三入道は江田氏の館で面会している可能性が高く「江田に帰る」との 表現はおかしい。

 

実際に「井田」(三次市志幸町上井田・下井田)という地名の所があるので、あるいはそこに惣領家を迎える居住施設を特別に設けていたことも十分考えられる。なお、和智氏の館は和知町の「土居」地名が残る旧保育所一帯とみて間違いないであろう。

 

問題は江田氏の住んでいた館の場所であるが、与三入道が深い雪の中を井田に容易に帰って行 く距離を考えると、井田の入り口に当たる三次市志幸町の館形式の遺構を伝える「新宮城跡」付近と比定することも見当 はずれではなかろう。

 

『三次市史第1巻367頁』より。

 

こうなってくると13世紀後半にはこの場所に館らしきものがあったのかもしれない。

 

城主家系図

城主は新宮左衛門・新宮甲斐守といわれていること、また高杉城の支城といことから、高杉城の城主が兼務していたかもしれない。

 

確かに祝甲斐守がいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所感

●城というよりは城館のような雰囲気。

 

●中世初期に館機能を有していたものを、戦国時代に防禦機能を強化したのかもしれない。

 

●小山ではあるが、内部はしっかりと曲輪、土塁もあり、実戦向けに改修されたと思われる。

 

関連URL

【広島県】高杉城【三次市高杉町】

新宮山城の本城である高杉城。

【広島県】旗返山城【三次市三若町】

天文22年の戦で落城した江田氏の城。

 

参考URL

西国の山城(新宮山城)

参考文献

『三次市史』

『日本城郭大系』13

『広島県中世城館遺跡総合調査報告書』

『広島県の地名』

『広島県地名大辞典』

『広島の中世城館を歩く』

『萩藩諸家系譜』

『毛利八箇国御時代分限帳』

『萩藩閥閲録』

公開日2022/03/20

 

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