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皆さんの遠いご先祖様はどこから来たか興味ありませんか?

遠い=2~3万年前です!!!

世代でいうと1000世代前になります。

当時から日本に住んでいた方はいなく、中国や更に向こうの方に住んでいた超昔のご先祖様が何百世代をかけて今の日本に移住してきたと思います。

 

当然、文字などありませんので、名前を調べるとか、そういうものではありません。

 

そんな時にはどこから来たかを調べる為にDNA検査をするサービスがあります。

 

まずはマイコードというところで遺伝子検査を行っており、興味深いものです。

価格は約1万円、具体的には数万年前の母方の先祖がどこにいたかが判明します。

※ミトコンドリアDNAを遡るタイプなので母の母の母の母のと約1000世代位遡ります。

やり方は簡単で、自分の唾液をキットに入れて送付するだけです、数週間後に検査結果が送られてきます。

このような箱が送られてきます。

 

中にはこのような唾液を採取するセットが入っています。

唾液採取して送付、数週間待つと結果が送られてきます。

 

 

先祖探しでどんなに頑張っても10~15世代位が限界です、古代から続く一番古い家系でも100世代だと思いますが、1000世代前になると、すでに先祖は日本にいないので、どのような生活をしていたのか思いを巡らせます。

 

 

色んなハプログループに分かれています。

ハプログループとは?

ウィッキペディアでは以下の様な説明があります。

ハプログループ(英: haplogroup)とは、単一の一塩基多型 (SNP) 変異をもつ共通祖先をもつような、よく似たハプロタイプの集団のことで、単倍群とも訳される。

概略

ある種(たとえばヒト)の一部(たとえば日本人)について、ハプログループを調べることで、その一部(日本人)の由来を調べることができる。通常は、ミトコンドリア(女系)やY染色体(男系)を用いる。ミトコンドリアのハプログループを調べる話は「ミトコンドリア・イブ」という言葉とともに有名になった。

この研究が発展して、人類がアフリカから各地へ移動していく経路も推定できるようになった。Y染色体ハプログループを人類全体について調べることで、世界各地の民族の由来を調べることもできる。

 

●ハプロDグループ:農耕文化を作った「稲作の民」このハプログループは中国中部が起源とされています。 37%

 

●ハプロM7グループ:幻の大陸の末裔「日本最古の定住者」このハプログループは日本人独特の集団だと考えられています。13%

 

●ハプロN9グループ:北海を制した「流氷の民」 このハプログループはユーラシア北部が起源とされています。7%

 

●ハプロM8aグループ:歴史を築いた「大陸民族」 このハプログループは中国北部が起源とされています。 1%

 

●ハプロFグループ:東南アジアを愛した「熱帯の開拓者」 このハプログループは東南アジア地域が起源とされています。 5%

 

●ハプロBグループ:世界をまたに駆ける「海の覇者」 このハプログループは中国南部が起源とされています。 13%

 

●ハプロCグループ:大草原を駆け抜ける「遊牧民族」  このハプログループは中国北部が起源とされています。 1%

 

●ハプロGグループ:独自の文化を築く「最北の住人」 このハプログループは中国北部が起源とされています。 7%

 

●ハプロZグループ:北欧と血を分けた「北国の民」 このハプログループは中国北部が起源とされています。 1%

 

●ハプロAグループ:マンモスを脅かす「北の狩人」 このハプログループはシベリアが起源とされています。 7%

因みに私は、パプログループAでした。

私の1000世代位前の母方の先祖。

 

 

 

自分の母方の直系尊属1000世代位前はシベリアでマンモスを仕留めていたと思うとワクワクします!!

遡ってみましょう。




 

数千年前には日本にいました。

北からやってきた縄文人
このグループは数千年近く前に朝鮮半島周辺を経由して大陸から日本に流入し、もともと居住していた縄文人と混血していったのではないかと考えられています。そして、それらの人々が縄文文化という日本固有の文化を構築したとされています。
狩猟採集生活と縄文文化
この時代の日本はやや寒冷な気候で、人々は狩猟採集生活を営んでいたと考えられています。イノシシやシカなどの獣肉や、魚や貝といった水産物、どんぐりなどの木の実を食料とし、縄文土器を用いて火を利用した調理も行っていたと考えられています。また、縄文土器の装飾に見られる高い芸術性は世界的に見ても稀有なものであり、この時代の人々が豊かな精神を持っていたことが推察されます。

 

縄文人と弥生人の交代劇
一方で、この縄文人グループは、弥生人が大陸からやってきたのとともに分布を縮小していきました。弥生人が主に列島中央部に流入し、その後南北に範囲を拡大したため、現代でも沖縄や北海道といった列島南北端では列島中央部に比べて弥生人の影響が弱く、縄文人の特徴(がっしりとした体に濃い顔など)を色濃く残してると考えられています。

 

2~3万年前はユーラシア北部にいました。

 

北へ北へと進出する人々
非常に寒さの厳しい地域であったと推測されますが、人類は人口の拡大とともに、北の地にも移り住んできたと考えられています。
極寒の地を生き抜く知恵
北方ユーラシア地域は洞窟が少なく、生きるためにはしっかりとした住居の建造や、防寒性に長けた衣服の生産が必要だったと考えられています。事実、2~3万年前の遺跡からは、動物の骨や木を利用した住居の跡や、フード付きのつなぎの服を着た人の彫像、毛皮とされたであろうキツネの骨などが大量に見つかるなど、防寒性の高い住居と衣服が作られていたことが示唆されています。マンモスやトナカイなどを捕らえて食料としていたと考えられ、これらの動物の骨やハンティングのための精巧な石器などが発掘されています。この地に住む人々は、おそらく極寒の地を生き抜く、優秀なハンターであったのでしょう。

 

5~7万年前は中東にいました。

 

洞窟で暮らした人類
当時の人類は、洞窟を生活の中心としていたのではないかと考えられています。この時代の人類遺跡の多くは洞窟で見つかっており、そのなかには石器などの道具と合わせて動物の骨も多数見つかっています。このことは、当時の人類が捕獲した動物を洞窟に持ち帰り、そこで解体し、食事をとっていたのではないかという事を想像させます。
人類初期の芸術
さらに、洞窟内では貝殻を使ったアクセサリーや壁画を思わせる壁の模様なども見つかっており、芸術というシンボリックな行動が当時から存在していた可能性をうかがわせます。

10~20万年前はアフリカにいました。

 

ホモサピエンスの登場
我々人類(=ホモサピエンス)の共通祖先は、約20万年前、この地で生活していました。最初期の我々の祖先であるアフリカのホモサピエンスは、洞窟で暮らし、原始的な石器を用いた狩猟生活を送っていたのではないかと考えられています。
高度な知能と芸術活動
約10万年ほど前の遺跡になると、骨を加工したいわゆる骨角器も見つかるようになり、その頃には漁業も始まっていたのではないかと考えられています。芸術やシンボリックな行動についても、石に刻まれたパターン模様/貝殻を使ったアクセサリー/塗料などが見つかっており、高度な知能が発達していた可能性が示唆されています。
出アフリカ、そして世界へ
5-10万年前に人類はアフリカを出たと考えられていますが、東アフリカとアラビア半島を結ぶ“嘆きの門”と呼ばれる海峡を越えた「第一の出アフリカ」と、5万年ほど前にエジプトから中東へと進んだ「第二の出アフリカ」があったと考えられています。そして、その末裔たちが、現在では全世界に拡散した我々の共通祖先と考えられているのです。

 

このように先祖が移動してきたのが非常に分かりやすいです。

 

因みに男性のY染色体を調べるキットもあるようですが、私はしたこと無いので不明です。

こちらにURLがありました。

いつか検査してみたいと思います。

 

参考図書として、『日本人の起源』という本がDNA解析のことを説明しています。

 

まとめ

●先祖探しの究極の方法はDNA検査。

マイコードというDNA検査をするキットを販売する企業がある。

●価格は1万円ほど

●唾液を送付すると、数週間後にDNA検査で判明したものが送られてくる。

●また、登録するので、インターネットでも分かりやすい説明がある。