8385 / Pixabay

 

スポンサーリンク

現代では干支は年賀状で動物の絵を挿入する位しか日常生活ではお目にかかる事はありませんが、戦前以前に日常に深く浸透していました。

甲子園は(甲子)大正13年(19243)が「きのえね」としこの年に出来たからです。

広島市には庚午という地名があります、庚午は明治3年(1870)が「かのえうま」でこの年に埋め立てられたからです。

このように、地名などにもなっています。

先祖探しのなかは、位牌や墓には干支が記載されていたり、彫っていたりするものです。

お墓の種類【年代別】

位牌からの情報

 

 

神社の鳥居にも干支が彫ってあることが多いですので先祖が住んでいた地域の神社などに干支が彫ってある場合にも書き留めておきましょう。

このように、調査で干支がある場合は省略せずに、きちんと記載をしておきましょう。

 

 

 

 

お墓の年号は摩耗して見えにくくなっているケースが多いです。

例えば

文■四年 巳 とあれば 文政四年になり文化四年ではありません(文化四年は卯です)

他にも

寛■三年 亥 とあれば 寛保三年になり寛延三年ではありません(寛延三年は午です)

このように年代の特定にも干支は役立ちます。

 

干支には一覧表にしている先祖探しのフォーマットの表を利用すれば便利です。

先祖探しフォーマット

日常で干支を意識して生活していませんので、目につきませんが、意識して見ると案外いろんな所で使用されています。

先祖探しの調査でも意識して見るのと、見ないのでは入ってくる情報量と情報の精度が変ってきます。

私もお墓に彫ってある年号が分らないが干支を頼りに自宅に帰ってからよくよく確認したら、特定できたというケースが多くありました。

 

まとめ

①戦前は干支が生活の中に浸透していた。

②特に位牌やお墓に干支が記載や彫ってあることも多い。

③年号が不明瞭な場合でも干支の記載があれば、そこから特定することも可能。

 


参考になりましたら、ポチっとお願いします。 にほんブログ村 歴史ブログ 歴史情報へ にほんブログ村