戸籍よりも前には同様のフォーマットで宗門人別帳というものがあります。

 

江戸時代はキリスト教が禁止だった為、どこからのお寺に所属しておかないと駄目でした。

その為●●の家はどのお寺に所属していたかを記録するものが必要でした。

それが宗門人別帳(宗門人改帳ともいうらしい)です。

 

では、どこにあるかというと、

●昔の庄屋を勤めた家

●庄屋の子孫の分家

●村の資料として別のところに保管されている

※地区の長が集会所などで管理している。

●県立文書館

●大学の資料

 

仮に自分の先祖がいた場所の宗門人別帳が発見出来れば、大発見となりもう少し正確に遡れる事が可能となります。

 

但し、自分の先祖のいた場所の宗門人別帳が存在するのはかなり稀な事かもしれません。

 

まず、江戸時代中頃からすでに200年経過していますので、長い年月のなかで散逸、廃棄されている可能性があります。

特に明治以降になれば使用することの無い資料となりますので、庄屋と勤めた家などが必要だと感じて蔵の奥に保管した場合などに存在しているものだと思われます。

 

もう一つの保管場所として、行政が保管している場合もあります、県や市の文書館などです、こちらの場合はしっかりと保管されていますので、破損や汚損の可能性は低くなりますが、こちらも自分の所属していた地域があるか?となると難しい場合があります。

※閲覧が難しい場合もあります。

 

市町村史に江戸期の資料として記載されている場合もあります。

 

まずは、駄目元で存在しているか確認してみましょう。

文書館の場合は電話やメールで確認、その他の場合、まずは、該当の教育委員会に連絡して保管されている家を知らないか?や郷土史家を紹介して頂けないか?を確認してみましょう。

 

郷土史家の場合は、「どの家が庄屋の家だった」や「資料の保管先」をご存じの場合も多いですので、重要な人物になってきます、また、その地域の歴史にも詳しいので繋がりを持つことは良い結果になります。

 

仮に宗門人別帳が出てきた場合は、その場で解読することは難しいですので、全ての資料をデジカメやスマホで撮って帰ることをお勧めします。

なぜなら、崩し字をすらすらとその場で読むことはなかなかですし、仮に自家の先祖が出てきても本当かどうかの確認まではその場では時間的に余裕が無いからです。

 

画像のようなものが宗門人別帳となりますが、そこには何年のものか?と戸主の名前と妻や子どもの名前が記載されております。

女性の場合は母 妻 など実名が無い場合もありますので推測になってくる部分もあります。

情報としては、どこのお寺に所属しているのか? 戸主名 扶養している家族の名前などです。

村の中のわずか数行に記載している情報ですが、発見出来れば、重要な情報になり得ます。

 




宗門人別帳は何年かに一回改めますのでその資料が全てそろっていたら素晴らしいことですが、なかなか全てのものが揃って残っている事は稀になります。

飛び飛びで残っていたとしてもつなぎ合わせる事で見えてくることもあります。

 

(例)

明治19年戸籍に戸主の母として記載されていた人物がいたとします。

これが、明治4年~5年頃の戸籍にこのように記載されていたとしましょう。

この場合、明治4年で45才 も登(もと)と判明していました。

そうなると、1826年頃に生まれた事になります。

 

次ぎに宗門人別帳を探して該当の家が発見出来れば次の記載があると思います。

この場合は天保8年=1837年の宗門人別帳がありました。

「もと」は12才ですので1825年から1826年頃に生まれた事になりますので、この家が該当の家と判断出来ます。

※画像のものは市町村史に記載されていましたので活字化されていますが、普通はくずし字です。

 

当然、父の名前も記載されていますし、母の名前はありませんが、年齢は記載されていますので1つ情報を得ることが出来ます。

稀に祖父母が記載されている場合もありますので、そうなってくると1世代遡れることが可能になります。

 

このようにパズルのように様々な情報のピースを埋めることで、判明できる情報が浮かび上がってきます。

 

【まとめ】

●江戸時代にも戸籍のようなものがあり「宗門人別帳」と呼ばれていた。

●「宗門人別帳」には戸籍のように、世帯の名前 続柄 年齢などが記載されている。

●現在は散逸している可能性が高いが、庄屋の子孫や地区で共同管理している場合もある。