城データ
城名:川角城(かわかどじょう)
別名:無し
標高:340m
比高:18m
築城年:不明
城主:不明
場所:広島県広島市佐伯区湯来町大字白砂(河内神社内)
北緯:東経:34.433370/132.289133
攻城記
神社の境内に進む。
神社からの風景。
河内神社本殿で本丸だった部分。
奥へ進む。
麓を確認すると急であった。
本殿から北側には削平地が広がる。
やはり急であり下からは攻め込めない。
堀切のように見える。
この部分もそこそこ広い。
下にも削平地がみえる。
南側を臨む。
本殿の南側の竹藪。
ここも城域だったか?
下段の畑も曲輪だった可能性がある。
麓から見上げる。
川もあり天然の堀の役割をしていた。
現在の城域部分。
1960年当時。
神社の周りだけ確認すると分からないが、実は城域は広かったのではないかと推測される。
余湖図【川角城】
当時のイメージ図(余湖図コレクションより引用)
城の概要
現在,河内神社の境内になっている所が1郭で,80m×30〜10mと北側が広くなっている。
南側がわずかに高い。
1郭の北下に堀切を設け,2郭(9m×3.5m),3郭(6m×5m)と続く。
1郭の南西側に削平地があるが,郭かどうか不明である。
『広島県中世城館遺跡総合調査報告書』より引用
城の歴史
不明。
所感
●神社が城跡だったということはよくあり、散策途中でよったが、思ったよりも広く特に北側が見ごたえがあった。
●城の歴史も城主も不明であり謎の城である。
●東には小学校があり当時この部分がどうであったのか興味深い。
関連URL
参考URL
参考文献
『日本城郭大系』13
『広島県中世城館遺跡総合調査報告書』
『広島県の地名』
『広島県地名大辞典』
『広島の中世城館を歩く』
『萩藩諸家系譜』
『毛利八箇国御時代分限帳』
『萩藩閥閲録』
公開日2023/03/14