ここではその戸籍の変遷を見ていきます。

明治5年戸籍(別名壬申戸籍)

※明治5年2月1日から明治19年10月15日

・日本で最初の全国統一様式の戸籍。

・戸籍の編成単位は「戸」

・身分登録・住所登録の意味があった。 

・戸籍の編成は住所地において戸主を始めとして親族を主体し、他人でも養育しているものを附籍者として登録。

・戸籍の表示は何番屋敷という表示方法。<以上、現在では閲覧不能>

 

 

 

注:注意:現物を見たことがありませんのであくまでも推測になります(他の本の資料などからの想像です)

・干支があった
・明治5年当時の年齢が記載されている
・氏寺、菩提寺の記載あり(他にも牛馬や身体特徴、犯罪歴も記載されたらしい)
・亡くなったからの記載が明治19年以降は亡山田太郎が明治5年戸籍は山田太郎亡と記載されている(亡の位置が違う)

・6年ごとに替える予定であったが、それはしなかった。
昭和43年までは壬申戸籍の取得は各役場で可能でしたが諸般の事情により一括梱包し法務局へ引き上げました。

昭和四三年三月四日付民事甲第三七三号民事局長通達
明治五年式戸籍(壬申戸籍)の閲覧等については、本年一月十一日付民事甲第一〇号当職通達をもつて指示したところであるが、今後は左記の取扱いによることとしたので、管内支局長及び市区町村長にこの旨周知方取り計らわれたい。


(一)明治五年式戸籍については、閲覧の請求に応じないこと。
(二)右の戸籍についての謄本、抄本又は記載事項証明書は、現行の戸籍記載事項に相当する事項についてのみ作成すること。

昭和四三年三月二九日付民事甲第七七七号民事局長通達
明治五年式戸籍(壬申戸籍)の保存等について
標記戸籍の取り扱いについては、その保管利用状況を調査して対策をたてるまでの間のとりあえずの暫定措置として、本年一月十日付民事甲第一八九号及び翌十一日付民事甲第一〇号並びに同年三月四日付民事甲第三七三号をもつて通達したのであるが、その対策を検討した結果、今後は左記によることとしたから、その趣旨を徹底せしめ、取扱いに遺憾のないよう関係市町村長に周知方取り計らわれたい。


(一)市町村において、その利用状況の実情から明治五年式戸籍を廃棄してさしつかえないものとして廃棄申請があつた場合には、従前の取扱いに従つてこれを許可してさしつかえない。
(二)廃棄の許可をした右戸籍(従前許可したものを含む。)について市町村においてこれを保存する必要があると認めるときは、それが外部に流出する等により弊害を生ずることの絶対に生じないよう保存方法につき充分な配慮をする必要があるので、関係市町村と慎重に協議し、市町村においてこれを整理して厳重に包装封印して保管するものとする。
なお、右の協議の結果市町村において保管することが適当でない場合には、法務局又は地方法務局において右と同様の方法により保管することとするが、施設の実情に応じ、その所在を明らかにして支局又は出張所に分散保管することとしてさしつかえない。
(三)市町村において、その利用状況から廃棄申請を相当としない右の戸籍については、本年三月四日付当職通達による取扱いを今後とも一層厳守するとともに、謄抄本等を作成するため使用する場合以外は、包装封印して保管する等の措置をして、その記載内容が一般外部に漏れることのないよう、厳重に市町村に留意せしめるものとする。

この決定事項に関して内閣府に壬申戸籍の閲覧請求しても却下されています。

簡単にいうと法律上、壬申戸籍は戸籍ではなく行政保管文書であるので請求に応じるものではないとのことです。

 

以下はその答申書

平成13年壬申戸籍答申書

平成16年壬申戸籍答申書

平成18年壬申戸籍答申書

平成19年壬申戸籍答申書

 

明治19年戸籍

(明治19年10月16日から明治31年7月15日)

・屋敷番制度から地番制度の採用(一部地域では別称を使用、番地、番戸、番屋敷、番邸の4つが使用)

・除籍制度の開始

・家の単位に、戸主を中心としてその直系・傍系の親族をひとつの戸籍に記載。

・戸籍の第1葉目の表面には4人、裏面には5人 第2葉目以降には表裏とも5人の記載。

 明治31年式戸籍

(明治31年7月16日から大正3年12月31日)

・新たに「戸主ト為リタル原因及ヒ年月日」の欄が設けられる。(完全に番地制となる)

・民法(旧民法)で、「家制度」が制定され、人の身分関係に関しても詳細な規定が設けられる

・戸籍の第1葉目の表面には2人、裏面には3人 第2葉目以降には表裏とも3人の記載。

補足説明:1898年(明治31年) – 家を基本単位とする戸籍制度が開始された。戸籍簿とは別に身分登記簿を設けた。

 

大正4年式戸籍

(大正4年1月1日から昭和22年12月31日)

但し、昭和23年1月1日以降直ちに新様式に改正することができなかった為、改正戸籍は昭和33年4月1日以降になる。

・「戸主ト為リタル原因及ヒ年月日」の欄が廃止され、その事項を戸主の事項欄に記載する。

・戸籍の第1葉目の表面には1人、裏面には2人 第2葉目以降には表裏とも2人の記載。

補足説明:1915年(大正4年) – 身分登記簿が煩雑であったため廃止し、戸籍簿に一本化された。

 

昭和23年式戸籍

(昭和23年1月1日~現在)この戸籍に改製される前の戸籍が「改製原戸籍」

・昭和22年の民法改正で「家制度」が廃止される

・戸籍編成が夫婦単位となり戸籍の様式も変更

・家の単位から夫婦親子の単位に変更。

 戸籍の第1葉目の表面には1人、裏面には2人 第2葉目以降には表裏とも2人の記載。

 

平成6年式戸籍 

戸籍事務の電算化が始まり、コンピュータで戸籍を管理する自治体が徐々に増える。

※現在の戸籍ですので画像は割愛しています。

旧民法の戸籍用語

1本籍
その人物の籍がある場所、戦前は本籍=住所の可能性が高かったが戦後は引っ越しなので全く違う場所が本籍の場合が多い(特に大都市に住んでいる方)

2分家
親や兄の戸籍にいる人物が籍から抜けて新しく戸籍を作成すること、昔は戸主を筆頭に
20~30人が記載されている戸籍もざらにあった、姪、甥は当た前、姪の子供や母の夫など、今では記載のないものもたくさんあった。

3入籍
別の戸籍から入ってくること(主に結婚か養子縁組)

4入夫婚姻
男性が女性の戸籍に入ること(婿さんになること)しかし、この場合も戦前は戸主が男性になる(現在では戸主が女性になることもある)

5廃家
戸主が養子縁組や結婚などで別の戸籍に入る場合、家がなくなりので廃家と記載される。

6絶家
その戸籍の人物がすべて除籍されて後を継ぐ者がいなくなった場合(家が絶えた場合)

7再興
廃家になった家をまた再興する場合に記載がる、例えばいったん養子としてその家に入ったが、その弟が元の家を再興した場合や息子の内次男が再興したというケースがある。

8廃嫡
家督相続権を無くすこと。

9戸主
家長、家を管理するもの、男性がほとんど、祖父母、父母から弟、妹、甥、姪 孫などかなりの人間が入っている戸籍もあった。

10隠居
戸主がある程度の年齢になったら(おおむね60歳以上)息子や婿養子に家督を相続させ戸主から離れること、そうすると息子の戸籍に父として記載される、さらに息子は無くなり孫が戸主となると祖父として記載、一番長生きしたので曾祖母の記載があったものがある。
そうなると先祖がかなり遡れることになる。
いったん隠居してもまた分家をして戸主になることもある。

11家督相続
父親が隠居もしくは死亡により戸主を変更した場合(家督を相続した場合)
父親だけでなく兄から相続する場合もある(兄が結婚をしておらず子供がいない場合などで分家もしていない時)

12除籍
戸籍から籍が抜けること(死亡、結婚、養子縁組など)いったん抜けてもまた元の戸籍に戻ることもある(離婚して戻ってきた、養子縁組解消など)

13族称(族稱)
明治になってつけた名称(華族、士族、平民)などがあった現在は塗抹されており身分記載が分かることはない(明治19年戸籍、明治31年戸籍、大正4年戸籍には記載されていた)明治5年戸籍にも記載がされているために閲覧不可になっており、法務局にて厳重に保管されている。

14前戸主
家督相続する前の戸主(父親か兄がほとんど、たまに祖父がある)当然分家して自分が初代の場合は前戸主はいない、前戸主が共通の先祖の場合は戸籍の請求は不可であるが、役場で教えてもらえればその直系卑族の方に委任状を作成してもらう方法もある。

15失踪
どこかで亡くなったかで死亡届の出ていないものや失踪届の出されているもの、現在では何年かしたら裁判所で失踪宣言をして戸籍から除かれるが昔はかなりほったらかしにしていた(戸籍が変わる時に裁判所で失踪が認知されることがある)
この失踪がかなり重要、もしあれば先祖を1代~2代多く遡れる、なぜなら失踪している人物が戸主の叔父や大叔父になるため、その父親も記載されている関係上1つは遡れる。

16養子縁組
①結婚の為その家と縁組をする場合。
②子供がいなくて義父母と養子縁組をする場合。

17協議離婚
話し合いで離婚をすること(実際には当人同士の問題と嫁姑問題などもあった)

18協議離縁
話し合いで離縁をすること(義父母と折りあいが悪い場合など)

19転籍
本籍地を変えること、隣村から引っ越してきたなどという例が多い。

20戸籍の再製
火災や滅失のおそれがある場合に再度作ること。

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