城データ

城名:大内弘直館跡

別名:無し

標高:14m

比高:5.3m

築城年:不明

城主:大内弘直

場所:山口県熊毛郡田布施町大字波野字波野市

北緯:東経:33.957733/132.050955

大内弘直館跡はここ

 

攻城記

麓の恵比寿社

隣の道から登っていく

標識がありここが大内弘直居館跡だとわかる

堀跡

跡地は住宅地になっている

住宅地なので入れず

堀のところまで戻る

堀より西側

ここも往時は何かしらの建物があったのか

住宅方面も比高がある

 

余湖図【大内弘直居館跡】

当時のイメージ図(余湖図コレクションより引用)

 

城の概要

田布施川の東岸、 行者山の南に広がる丘陵の裾付近に位置する。

 

東西約 56m、南北約 34mであり、 現在は個人宅の敷地となっている。

 

敷地の東辺には土塁が巡り、 南辺には石垣がみられる。 また、西辺には最大幅7mの堀があったと見られ、現在は石垣で斜面を整えた通路となっている。

 

この堀の東肩から敷地北辺にかけて、土塁が L字状に設けられているとの報告もあるが、現地では確認できな かった。

 

北辺については、そ の指標となる明確な遺構は確認できていな い。 ただし、現在の道路が丘陵を切り通して横断しており、これが 本来堀切であったものを拡張して形成された 可能性がある。

 

敷地内の北西部には大内弘直の供養塔と伝えられる宝篋印塔が2基現存するが、これは館跡より 北300~400mの地点から昭和期に持ち込まれたものである。 このほか、敷地中央に井戸が残るが、 築造時期は不明である。

 

大内弘直は第22代重弘の子で第23代弘幸の弟であり、 14世紀前半頃、 田布施の波野を領し、こ の地に居館を構えて波野殿と称されたという (林 2007)。

引用文献

林芙美夫 「大内遺跡実測調査概報」 『田布施町郷土館研究紀要 第8号』 2007年

 

『山口県中世城館遺跡総合調査報告書-周防国編-』より引用

 

城の歴史

14世紀前半頃に居館として成立か

 

城主家系図

 

所感

●言われなければここが居館の跡とは分からない

●敷地内に宝篋印塔があるらしいが住宅地なので確認できず

●敷地内の家は立派な家であり昔からの家の雰囲気があった

 

関連URL

 

 

参考URL

城郭放浪記(大内弘直館)

大内弘直 終始一貫して南朝支持の人

 

参考文献

『山口県中世城館遺跡総合調査報告書-周防国編-』

 

 

公開日2026/01/02

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