城データ
城名:冷泉氏館跡
別名:冷泉屋敷
標高:112m
比高:17m
築城年:15世紀以降
城主:冷泉氏
場所:山口県岩国市周東町祖生
北緯:東経:34.064605/132.132226
攻城記

冷泉氏館跡遠景

麓から見上げる

山頂までは道がついている

削平地(後世のものか)

更に進む

山頂に到着

山頂からの風景

現在は神社が祀られている

冷泉氏の家紋か

館域は広い

奥もこんな感じ

纏められている墓石群

五輪塔が大半で一部宝篋印塔もある





在地領主として地域を支配していたのだろう


館の裏側に進む


裏から見た墓石群方面
少し高いことが分かる


1周してまた神社へ戻る
全国Q地図より【冷泉氏館跡】

余湖図【冷泉氏館跡】

当時のイメージ図(余湖図コレクションより引用)
航空写真【冷泉氏館跡】

城の概要
島田川の上流域、 高照寺山の西側にある祖生盆地の中央に位置する独立丘陵上に所在する。
祖生盆地は山陽道と瀬戸内を結ぶルート上にあり、独立丘陵である当地からは、 島田川の流域および盆地を見渡せる位置にある。
標高 112mの丘陵上は現在耕地化され、南側には冷泉社が建立されている。
丘陵部の規模は長さ約130m、幅65mで これが現状で確認できる館跡の範囲である。
頂部の平坦面は北に傾斜しており、南側の頂部にある冷泉社の周囲は、 基壇状に高く盛土されている。
頂部平坦面には、 南側傾斜面の通路から虎口へ至り進入する。
虎口は土塁を築いて枡形としている。 丘陵 斜面の西側から南側には、斜面を段状に掘削して曲輪を配置する。
西側には細長い曲輪を2~3段構 築し、南西端には幅27m 奥行き 15mの曲輪を設ける。
これらによって西側からの攻撃に対処している。このほかの館に関わる建物跡、土塁等は現状では明らかでない。
なお丘陵西側には通称ホリバタと呼ばれるL字状の水田があり、これが館を囲む堀の可能性があるが、 詳細は不明である。昭和62年(1987) に冷泉社の改築に伴い、 虎口付近の土塁を掘削工事中に備前系陶器や宝篋印塔などが発見されたことから、 山口県埋蔵文化財センターが緊急調査を実施した。
その内容について は、 藤原 2006 の論文に概要をみることができる。
また館跡が位置する丘陵西側に広がる冷泉北遺跡を財団法人山口県教育財団、 山口県教育委員会がほ場整備に伴い発掘調査を実施した。
藤原 2006 では、備前陶器などの出土遺物の年代から検出された墳墓と館跡土塁の前後関係が示された。
また、冷泉家北遺跡の調査では館周辺には13世紀から16世紀にかけて集落が存続していることが明らかと なっている。
これらをまとめると、周辺部は 13、14世紀に集落が形成され、 その時の丘陵上は墳墓群が営まれた墓域であったとみられる。 その後館構築に伴い土塁がつくられたが、その時期は 15 世 紀以降と考えられる。
集落は16世紀まで存続しており、館とほぼ同じ時期であることから、館に関わる集落であったとみられる。
『玖珂郡志』では大内氏家老でもあった冷泉判官隆豊の居館跡であり、厩 、 蔵、 風呂場、 築山、 鞠庭、 本門、 土居、 石垣、 堀の跡が残るとの記述がある。
『周東町史』による冷泉氏の概略は次のとおりである。 冷泉氏は京都から周防祖生に6代義豊のときに移住。
その正確な時期は不明ながら大内政弘の宛行状の内容から文明10年 (1478) には周防国に居住していたとみられる。
8代隆豊は天文20年 (1551) 大寧寺で大内義隆とともに討たれるが、その後毛利氏に仕え弘治4 年(1558) 毛利隆元から祖生郷を安堵されている。
館の廃絶時期は明らかでないが、冷泉家北遺跡の集落が16世 紀まで存続し、その後衰退してい ることから、 館の廃絶と無関連ではないと考えられる。
引用文献
藤原彰久 「冷泉氏館跡の発掘調査」
『陶損』 第19号 2006年、 財団 法人山口県教育財団 山口県教育 委員会
『冷泉家北遺跡』 1997年、周東町
『周東町史』1979年
『山口県中世城館遺跡総合調査報告書-周防国編-』より引用
城の歴史
●15世紀頃には館ができたと思われる
●16世紀まで存続していたが、その後いつ頃消滅したかは不明であるが冷泉元満が1594年に出雲仁多郡の亀嵩城主となっていることから下限はこのころではないか
※元豊の時にはすでに仁多郡に所領があったためもう少しさかのぼるかもしれない
城主家系図

所感
●居館にふさわしい立地で見晴らしもよく立地もよい
●城館としての面積は広くどこまでが範囲か不明
●大内一族でもあり所領も多かったのではないか
●五輪塔、宝篋印塔の中に冷泉氏のものもあると思われるが誰のか断定できない
※13~14世紀の間は城館ではなく、墳墓として使われていた可能性がある
関連URL
近隣の山城
参考URL
参考文献
『日本城郭大系』11
『山口県中世城館遺跡総合調査報告書-周防国編-』
『萩藩諸家系譜』
『毛利八箇国御時代分限帳』
『萩藩閥閲録』
公開日2026/01/02





