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実例8【鈴木家】

12019 / Pixabay




鈴木家

鈴木家は母の実家です。鈴木家は祖父が養子なので家の血統は途絶えてしまいました。

 

曽祖父が祖父に鈴木の歴史を何も伝えておらず、また伯父たちも全然興味がないので、知らないまま亡くなってしまいました。

 

また私の従兄弟もまったく興味がないので一家の歴史は何も分かりません。

 

調べた順序

1 はじめに墓を見て調査。

※生前叔父さんに聞いたが「よく分からない」とのこと。

 

2 次に戸籍を遡れるだけ入手したら、墓よりもう一代遡れ文政11年生まれの先祖の父(母の父の養父の父の父)が記載されていました。

 

生年月日などは分かりませんが確かめられました。

文政11年生まれの佐十郎の父が弥十郎であることが判明。

 

文政11年=1828 なので、弥十郎は1700年後半から1800年前半に生まれた人物と推測出来ます。

 

※現在墓は無いというよりか合塔になっている。墓の隣に自然石の石が積んでいますので、そこの弥十郎の墓もあるかもしれません。

江戸時代のお墓は概ねこのような自然石だったのだと思います。

 

3 そこまでは事前調査を行い、親戚の家で仏壇の位牌を見たら弥十郎の母親の位牌が出て来ました。

※ただし戒名のみ実名は不明で天保7年=1836に亡くなっていました。

 

本来であれば、ここから菩提寺に行き過去帳の確認というのがセオリーですが、従兄弟があんまり乗り気では無いのと、母の実家ですのであんまり強引にするのもどうかなと思い、そこまではやっていません。

 

周りには同姓の墓が多くある

鈴木家はその地域に4~5軒あるが昔は同じ一族だったのかな?と思います。

共同墓地では同姓の鈴木家が一ヶ所に固まっていますが殆どの家紋が「抱き茗荷」です。

 

抱き茗荷の家紋:この地域ではかなりの家の家紋が「抱き茗荷」であり、あんまり由来がなさそうです。

母方ですが、祖父が養子で来ており、祖母も他の村から嫁いできていますので、その時点では血統は途絶えています。

 

その時は、そこで一旦調査ストップしましたが、後年もう少し深掘りしないと行けないなと思い、資料を作成しました。

 

●●家詳細説明【例】

このような詳細説明に色々と入力する中で、漏れや勘違いなども多く、更に画像なども乏しい事に気づき、現地調査を行った次第です。

 

菩提寺

 

産土神社

 

これらに、江戸時代の地誌からの村の資料をピックアップして江戸時代における村の状況、その中で先祖はどのように過ごしたかを詳細調査に纏めました。

 

また、旧土地台帳から村の土地の所有面積も判明します、同姓の土地の面積を比較や村における同姓のみでどの位の土地があるかを確認するとまた、新たな発見があるかもしれません。

 

 

学んだこと

●養子が入ると一族の歴史が途絶える可能性が高い。

 

※なぜなら養子にきた人間は自分の実家ではないのでその家の歴史にあまり興味が無い為。

 

●養子に入った人物が興味を持って記すか、養父がそれまでに家の伝承を、しっかりと記入しないと難しい。

 

●また、血統で続くという家の方が珍しい。

 

●余りにも近い親戚の場合で協力が得られない場合は、調査進展することが難しい場合が多い。

 

●しかし、他からの資料(画像、旧土地台帳)で空白を埋められる部分は多い。

 

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