サイトアイコン 先祖探し 悠久の時を越えて

同姓の分布図から分かること

artyangel / Pixabay




 

はじめに

先祖探しをしていくと、もうこれ以上遡れないという限界に達します。

 

家それぞれですので様々です。

 

①戸籍以上が遡れない→明治期分家をして本籍に既に同姓の家が無いや本家が断絶して手がかりが無い。

 

②位牌、お墓までは調べた→一般的な家庭でしたら江戸時代末期くらいまでの位牌やお墓がある可能性が高いです。

 

③お寺の協力を得て自家の人物の戒名(法名)が判明した→江戸時代中期まで判明するかもしれません。

 

③の状態で1700年代までですが、奇跡的に先祖が記載されて1600年代後半にギリギリ記載されていることが極まれにあります。

 

③の状態はなかなかありませんので、一般的には1700年代中期~後期頃までが限界だと思われます。

 

当然、ここまでの資料を集めて少しでも先祖の事が分かればそれでいいのですが、ひょっとしたら今では全くの他人の家である同姓も同じ地区に住んでいる可能性があります。

 

そこで、電話帳などから同姓の分布図を作成してどのような傾向があるかを確認するのも1つの方法です。

 

例えばこの図を確認してみましょう。

 

①電話帳などで同姓をピックアップする。

 

②地図上に地区と軒数を記載。

 

③同じ地区は同じ色で纏める。

 

この場合は高屋という地区に多くの同族がいることが分かります、それから西条地区や八本松地区にも流れていき、最西端は志和地区だということが判明しました。

 

ここで仮説が成り立ちます。

 

仮説1

●この地区における一族の発祥は高屋地区と考えられる(特に小谷地区)

 

●一族はそこから西に向かって繁栄していき、地域の最西端である志和地区まで広がっていった。

 

仮説2

●この地区における一族の発祥は高屋地区と考えられる(特に小谷地区)

 

●志和地区の同姓が多い為、高屋地区の一族の庶流があるときに志和地区に移り住みこの地区で大いに繁栄した。

 

●志和地区から東の八本松地区に繁栄した可能性もある。

 

●つまり高屋地区から西に繁栄した一族と志和地区から東に繁栄して行った一族がいるのかもしれない。

 

このような仮説を立てながら確認すると、大元の高屋地区が重要なのではと考えられます。

 

そこで、高屋地区の郷土史家がいないかを公民館などに確認したり、同姓の方を紹介して頂けないか?を確認する。

 

また、軒数も少ないのでこの地区の同姓の方に手紙を書きアンケートをしてみる。

 

ということを行ってみるのも1つの方法です。

 

手紙の書き方

 

ひょっとしたら、伝承が分かるかもしれません。

具体例

●戦国時代は●●氏の家老であって、この地域の所領を得ていたが、隣国の大名に攻められて当主は討ち死して滅亡、当家は帰農した。

 

●大昔からここに住んでいる、言い伝えでは先祖は駿河国からきたと聞いているが、何故来たかは分からない。

 

●当家は昔から神主の家をしており、もとは隣の郡で一宮である■■神社の分社であった、戦国時代などは、戦で荒廃したが、代々の先祖がなんとか家を存続させてきた。

 

など、今まで聞いた事無いような新発見もあるかもしれません。

 

同様の言い伝えでも家ごとに若干違うこともあり、それがまだ調査対象にもなり得ます。

 

当然、自家と直接は結びつきませんので、この家系の子孫と断定はできません。

 

しかし、同姓なので何かしらの縁があるかもしれませんし、このような伝承を元に再度自家の本家の方に確認してみると、あ~そんな言い伝えもあったな~~ ということもあります。

 

自家が行き詰まったら、このように同姓の分布図からどのように繁栄していったかを視覚的に確認することもお勧めです。

 

まとめ

①自家の調査に行き詰まったら、同姓の分布図を作成してみる。

 

②分布図は電話帳などから地区ごとに同姓をまとめて、地図上に記載する。

 

③分布図が出来たら、自分なりに仮説を立ててみる。

 

④一族が多い地区があれば、そこが発祥の地である可能性が高いので、同姓の方に手紙を書きアンケートをしてみる。

 

⑤今まで知らない情報を得られるかもしれない、その情報を入手したら、再度両親や祖父母に確認(本家にも確認)してみる。

 

公開日2019/08/11

更新日2021/07/24

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