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はじめに

先祖の家ですが、江戸時代まで遡れればかなり近い距離からの婚姻関係だったと思われます。

 

距離にして2里~3里以内(8~12キロ)が多いのではと思います。

 

戦前は近隣の村で嫁や婿のやり取りをしていたことが多いですので、どうしても歩ける範囲になります。

 

また、遠戚関係で婿養子をとったり、イトコ通しの婚姻なんてことも頻繁にありました。

 

これらを視覚的に分る様にマッピングをしてみることも、先祖を整理することに役立ちます。

 

例えばこのような家があったとしましょう。

 

この正木家の家の直系尊属の戸籍謄本を入手して家系図を作成するとこのようになります。

 

よくよく見ると伊東家は上田家とも武田家とも婚姻関係を結んでおりました。

 

このような場合は例えば事情が上田家に嫁ぎ、三女が武田家に嫁いだ事になると思います。

 

※ただし、この伊東家の次女、三女の戸籍で両親が同一人物との前提条件があるとして。

 

 

次ぎに戸籍謄本から本籍地を確認して地図上にマッピングしていきます。

 

 

このように俯瞰的にみると、見えなかったものも視覚化して気付くこともあるのではないでしょうか?

 

例えば

●正木家と武田家は近いな、婚姻の時にどのような感じで関係が出来たのだろうか?

 

●正木家と笠間家は距離があるが、そういえば戸籍を確認したら大叔母にあたる遠戚の方が笠間家と同じ字だったな紹介かな?

 

●伊東家は武田家とも上田家とも親戚関係だったが、この図を見れば納得、かなり近いところで婚姻関係を結んでいるんだな。

 

●この前藤原家に行った時に、距離のある武田家との姻戚関係があったのは、商売での結びつきがあったと聞いたが、この地域の商売ってどのようなもの何だろう?

 

●正木家と藤原家全く違う系統であるが、地図上で記したら、案外近い距離なんだな。

 

このような気づきは文章ではなかなか気付かないものですが、地図にすると視覚化できて、気づきも多くなります。

 

稀にとんでもない位離れて婚姻関係や養子関係を結んだ場合はマッピングの意味はあまり成さないと思いますが、その場合は何故こんなに離れているにも関わらず、婚姻関係を結んだのか興味のある事例だと思います。

 

私の場合も高祖父と高祖母が江戸時代にも関わらず、直線距離でも30キロ以上離れたところで婚姻関係を結んでいることが戸籍から判明しました。

 

方や城下町から北へ約6キロ言った近郊の農村、方や県の盆地で●●郡と言われる、大農村地帯。

 

電車もなく高速道路も無い。

 

商業的な結びつきも無い。

 

お互いに行き来すると、かなり複雑な道程があり、到底結びつきが考えられない。

 

今となっては、誰もその理由が分かる者はいませんが、何故を考える時が先祖探しの醍醐味だと思われます。

 

ここまでのことは無くても、上記の地図のようにマッピングしたものを確認するだけでも、色んな気づきが出てくると思います。

 

まとめ

①戸籍謄本から直系尊属の出身の場所をマッピングする。

 

②マッピングしたら、家系図を確認しながら距離感を掴む。

 

③遠い場合は遠戚などが住んでいたところからの紹介などで、婚姻関係を結んだ可能性もある。

 

④同じ家からA家、B家に次女、三女が嫁ぐというケースも江戸時代から明治初期などでは散見されることもある。

 

⑤山の東と西で今では車で大回りしないと行けないと思うところでも山の谷筋を通ればかなり短時間で行けるなどの発見もある。

 

公開日2019/08/10

更新日2021/07/24

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