サイトアイコン 先祖探し 悠久の時を越えて

実例7【星野家】

cocoparisienne / Pixabay




星野家

星野家は私の祖母の実家です。

 

祖母の兄も弟も病死、戦死したため跡継ぎがいなくなり祖母の次男(私の叔父)が養子で行きました。

 

星野家自体は明治30年ごろに隣の字(600mくらい向こう)から引っ越してきました。

 

曾祖母は病気や戦争で息子を亡くしているのでその養子に来た孫に毎晩、地区の歴史を語ったようです。

 

その結果孫(私の叔父)は地域の歴史や先祖に興味を持ちました。

 

曾祖母自身も養女で星野家に入ってきた人物ではあります。

 

※星野家は代々養子取りです三代続けて養子若しくは婿養子で繋いでいます。

 

昔でしたのでなんとしても家を守ろうとする意識が高かったのでしょう。

 

そのため叔父は家の歴史に詳しくなり私がいろいろな事を聞いても教えてくれました。

 

古い過去帳との出会い

 

また大変古い過去帳が出てきました。

 

※過去帳があったのは後にも先にもこの家だけです。

 

過去帳はこの家しかありませんでした。

 

後日過去帳を確認しようとしましたが紛失したとのこと。

 

やはり全てデータとして保存しておくべきです。

お寺の過去帳へチャレンジ

また、大学生の時に叔父と一緒に菩提寺に伺いお寺の過去帳を拝見しましたが、家の過去帳よりは遡れませんでした。

 

本来であれば、もう少ししっかりとした調査をして望めば良かったのですが、大学生当時でしたのでそこまで知恵が回りませんでした。

 

今でしたら、戒名データベースにしっかりと記載していくのですが、その頃にはその知識がありませんでした。

 

●●家戒名データ

 

このお寺は地元でも大きなお寺で格式も高く、叔父曰く、なかなかすんなりと過去帳を確認できる感じではないと言われましたので、そんなもんなのか?と思った次第です。

 

この叔父は私の先祖調査でとても協力的な方で母方の先祖の殆どを協力していただきました。

 

この伯父がいなかったらこれほど分かっていなかったかもしれません。

 

更に曾祖母の出た実家と同じ苗字の家の子孫がおり、付き合いもあったので一緒に行ってもらいました。

 

不思議な伝承

2004年の2月に横田家にうかがった時に(三男系統)興味深いことをおっしゃりました。

 

そこの横田の当主は「わしが星野だ」言われました。

 

よく話を聞くと「もともと自分の家は星野だったが、娘しかいなくて星野の三男とその娘と結婚したので星野という苗字になったが、もともとの財産や家や土地は星野のものだ。」とのことです、興味深いお話でした。

 

実例6【横田家】

星野家は今では1軒しかいませんが、明治時代には5軒程度ありました。

 

しかし、断絶若しくは九州の方に行った家があるようで、現在は当家のみです。

 

何軒かあればこの星野家の歴史についても判明出来るのでは無いかと思うのですが、現状難しい状態です。

 

星野家は歴代養子でしたので本当に家の歴史が全く伝わっていないのが現状です。

 

しかし、どうしても家をつなげるという気概を感じました。

ほぼ養子で繋いでいる家系

 

 

学んだこと

●親戚の中には必ず一人くらい、家の歴史に詳しい伯父や叔母がいるので詳しく話しを聞く。

 

●そのような叔父や叔母と一緒に親戚のお宅に行くと信頼されているので、協力的なことが多い。

 

●特に位牌や過去帳がある可能性も高い、墓もきれいに掃除されており、たとえ自然石の墓でも、これは誰々の墓だと教えてくれる場合がある。

 

●また、その遠戚の紹介で別の親戚の家にいける場合もある。

 

●同一地区に同姓の方がいる場合は親戚関係でなくても何か言い伝えが無いかを確認してみる。

 

ホームへ戻る

サイト一覧

 




モバイルバージョンを終了